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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)232号 判決 1999年9月30日

原告

シンコハンガー株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

被告

東京ハンガー株式会社

代表者代表取締役

【D】

訴訟代理人弁理士

【E】

主文

特許庁が平成9年審判第40026号事件について平成10年5月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた裁判

主文第1項同旨の判決。

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「衣服用ハンガーの掛止バー」とする考案(実用新案登録第3038708号、平成8年12月13日出願、平成9年4月9日設定登録。本件考案)の実用新案権者であるが、原告は、平成9年9月12日、本件実用新案登録について無効審判の請求をし、平成9年審判第40026号事件として審理されたが、平成10年5月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年7月6日原告に送達された。

2  本件考案の要旨

【請求項1】

上衣を掛装するハンガー本体部の下部に着脱可能に取り付けた掛止バーに補助バーを着脱可能に組み合せ、該補助バーと前記掛止バーとでスラックス等衣類を挟持的に懸吊保持する衣服用ハンガーにおいて、前記掛止バーはハンガー本体部に係止するフック部を有する垂直腕部を水平なバー本体部の両端に備えると共に、前記補助バーはポリプロピレンにより前記掛止バーより十分長く且つ下方に弯曲した弧状体につくられ、両端に形設した長孔で前記垂直腕部に係合することにより掛止バーに付勢的に当接するようにしたことを特徴とする衣服用ハンガーの掛止バー。

【請求項2】

前記補助バーは前記掛止バーに付勢的に当接する当接部の上面に、有底溝状の模様を形設してあることを特徴とする請求項1記載の衣服用ハンガーの掛止バー。

【請求項3】

前記補助バーは前記掛止バーに付勢的に当接する当接部の上面に、貫通孔による模様を形設してあることを特徴とする請求項1記載の衣服用ハンガーの掛止バー。

【請求項4】

前記補助バーは前記掛止バーに付勢的に当接する当接部の上面に、有底溝状の模様と貫通孔による模様を混用的に形設してあることを特徴とする請求項1記載の衣服用ハンガーの掛止バー。

【請求項5】

前記補助バーは幅方向の断面が上方に弯曲した形状をなすことを特徴とする請求項1ないし4記載の衣服用ハンガーの掛止バー。

3  審決の理由の要点

(1)  本件考案の要旨は前項のとおりであるが、本件審判請求の理由は、概要、「本件請求項1ないし請求項5に係る登録実用新案は、審判甲第1ないし第4号証に記載された考案に基づいて、当業者が極めて容易に考案できたものであり、実用新案法3条2項の規定により登録を受けることができないものであって、同法37条1項2号の規定により無効とすべきものである。」というにある。

そして、原告は、以下の証拠方法を提出している。

審判甲第1号証(本訴甲第3号証):実願昭48-60880号(実開昭50-9134号)のマイクロフィルム

審判甲第2号証(本訴甲第6号証):【F】『プラスチックの実際知識』東洋経済新報社(昭和46年1月20日発行)157頁

審判甲第3号証(本訴甲第4号証):登録第820239号意匠公報

審判甲第4号証(本訴甲第5号証):登録第674029号意匠公報

審判甲第5号証:【G】の証明書

審判甲第6号証:シンコハンガー株式会社の登記簿謄本

審判甲第7号証:シンコハンガー株式会社の業務用総合カタログ

ほかに、

参考資料1:本件考案に係るハンガーと、比較技術に係るハンガーとの製造工程を示す図

参考資料2:本件考案の構成と審判甲第1号証の構成との比較を示す図

参考資料3:【G】の証明書

参考資料4:シンコハンガー株式会社で製造されたハンガーの写真

参考物品1:シンコハンガー株式会社で製造されたハンガー

を提出している。

(2)  そこで、原告が主張する無効理由について検討する。

審判甲第1号証には、「山形に形成した上衣掛(1)の下部にズボン掛杆(5)の両端に設けた吊体(6)の先端を支持させると共に該吊体(6)にズボン掛杆(5)の上面を押圧する弓形の押圧杆(8)の両端を係合させてなるハンガー」が第1、第2図とともに記載されている。

これを本件の請求項1に係る考案と対比すると、審判甲第1号証記載のハンガーにおける上衣掛(1)、ズボン掛杆(5)、押圧杆(8)が、本件考案のハンガー本体部、掛止バー、補助バーに相当するものであって、基本構成において両者は軌を一にするものであると認められる。一方、審判甲第1号証の押圧杆(8)は、あらかじめ弯曲したものではないから、本件考案の、「掛止バーより十分長く且つ下方に弯曲した弧状体につくられ」た補助バーとは、この点において構成上相違するものと認められる。

この点に関して、原告は、審判甲第1号証記載の押圧杆(8)が、「掛杆(5)に装着する前の弾性押圧杆(8)の形状に関しては直線状であるとも、あらかじめ上又は下に弯曲しておくとも具体的な形状については一切言及されていない。…装着前の形状が直ちに直線状でなければならないものではない。」と主張するが、審判甲第1号証には、押圧杆(8)について、「両端に設けた切欠又は透孔(10)の間を掛杆(5)よりも長くすることにより切欠又は透孔(10)により吊体(6)の間へ装着するときは弓形に上方か下方に彎曲(する)」(明細書2頁7~10行参照)旨記載されており、また、あらかじめ弯曲させておくことについては、何らの記載も示唆もないから、この点についての原告の主張は採用できない。

また、原告は、「補助バーを最初に形成する際に直線状に形成するか、下方に緩く弯曲した弧状体に形成するかという点については、補助バーの材質、厚み等からもたらされる弾性度、補助バーの左右の透孔の間隔等の寸法と共に、いわゆる当業者の単なる設計的選択事項にすぎない…。よって、何ら進歩性を有するものとはいえない。」と主張するが、補助バーを、掛止バーより十分長くかつ下方に弯曲した弧状体に形成しておくことによって、下向きの付勢力が加わることなどにより、直線状に形成されたものに比して有利な効果を奏するものと認められるから、その主張を理由づけるに足りる証拠を提出せず、また特段の事実を摘示することなしに、原告の主張のように論断することは妥当でない。

原告は、「補助バーをポリプロピレンを代表とするハンガー用プラスチック材料で形成した場合、上記のように補助バーを下方に弓形に曲げると、補助バーは塑性変形を起こすため、仮にあらかじめ補助バーを直線状に形成しておいたとしても補助バーを掛止バーに装着することで補助バーは塑性変形し、下方に弯曲した形状になり、同一の作用効果が得られる。」と主張するが、審判甲第1号証には、補助バー自体が下方に弯曲した形状になることは何ら記載されておらず、同一の作用効果が得られるということもできない。

さらに、その他の審判甲号各証、提出された参考資料等にも、上記本件考案の構成については記載も示唆もない。

したがって、その余の点について検討するまでもなく、本件請求項1に係る考案が審判甲号各証に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたとすることはできない。

次に、請求項2ないし請求項5に係る考案は、いずれも請求項1に係る考案の構成を前提としてその構成の一部である補助バーの構成を更に限定したものであるから、本件請求項2ないし請求項5に係る考案についても、審判甲号各証に記載された考案に基づき当業者が極めて容易に考案をすることができたものとすることはできない。

(3)  以上のとおりであるから、原告の主張する理由及び証拠方法によっては、本件登録実用新案を無効とすることはできない。

第3  原告主張の審決取消事由

1  審判甲第1号証(本訴甲第3号証。以下「引用例」という。)記載の技術内容の認定の誤り

引用例の登録請求の範囲においては、「ズボン掛杆(5)〔掛止バー〕の上面を押圧する弓形の押圧杆(8)〔本件考案にいう補助バー〕の両端を係合させてなるハンガー」と記載され、押圧杆〔補助バー〕の形状に関し、装着前の形状を何ら特定しておらず、考案の詳細な説明の項においても、押圧杆〔補助バー〕の透孔間を掛杆〔掛止バー〕よりも長くする旨記述されているものの装着前の形状については積極的な開示がない。なぜならば、補助バーの左右の透孔間の長さを掛止バーの全長より長く形成しておきさえすれば、装着前の形状が直線状であろうと、下方に弯曲した弧状体であろうと掛止バーに対する押圧力においては大差がないからである。

しかるに、審決は引用例の押圧杆(8)はあらかじめ弯曲したものではないと即断し、誤った認定をしたものである。

2  本件考案の作用効果と引用例記載の作用効果との異同に関する認定、判断の誤り

引用例ないし審判甲第3号証(本訴甲第5号証)の掛止バーにおける補助バーの装着前の形状が直線状で、本件考案のように「下方に弯曲した弧状体」ではないと仮定しても、両者の作用効果においては大差はないのに、以下のとおり、審決はこれに反する認定、判断をしている。

(1)  審決は、下向きの付勢力が加わる理由として、<1>補助バーを掛止バーより十分に長く形成していること、及び、<2>下方に弯曲した弧状体に形成しておくことの2つの理由以外には、技術的な理由らしい理由を全く挙げることなく、直線状に形成されたものに比して有利な効果を奏するものと認定している。

しかしながら、上記理由<1>は引用例及び審判甲第2、第3号証にも明らかに存する構成であり、理由<2>は、当業者ならば、理由<1>さえ満足していれば単なる設計的事項として十分読み取れる事柄である。

また、理由<2>が加わることによって、更なる下向きの付勢力が増加するとは一概にいえない。なぜならば、補助バーを直線状に成形するか、下方に向けて弯曲する弧状に成形するかは、補助バーの下方への付勢力に関して設計者が当然考慮する補助バーの材質、厚みや、幅、及び補助バーの左右の透孔間の間隔寸法等の当業者の単なる設計的選択事項の一つにすぎず、単にあらかじめ下方に弯曲成形したから直線状のものに比し、格段の下方向きの付勢力が増すものとは一概にいえないからである。

(2)  原告において、直線状の補助バーを用いた原告製品たるシンコバネロックハンガーと、日本百貨店協会及び日本アパレル産業協会がハンガーのリサイクルを図るために規格化した百貨店統一ハンガーであって、あらかじめ下方に弯曲成形した補助バーを用いた被告製品の比較テストを、財団法人化学技術戦略推進機構に依頼したところ、前者が後者よりも掛止バーに対する付勢力が上回るとの結果を得た。

(3)  さらに、補助バーをポリプロピレンで代表されるハンガー用プラスチック材料で形成した場合、上記のように補助バーを下方に弯曲すると、補助バーは塑性変形を起こすため、仮にあらかじめ補助バーを直線状に形成しておいたとしても、補助バーを掛止バーに装着することで補助バーは塑性変形し、下方に弯曲した形状となる。事実、最初直線状に形成された補助バーを掛止バーから取り外すと、補助バーは直線状に戻らず、下方に緩く弯曲した弧状体となっている(検甲第2号証)。

そして、上記のように塑性変形した補助バーを再び掛止バーに装着したとしても、補助バーによる付勢力は取外し前とほぼ同一となり、実質上元のハンガーに戻る。したがって、このように補助バーは塑性変形を起すプラスチック材料で形成され、しかも掛止バーに装着されると塑性変形するため、補助バーをあらかじめ下方に緩く弯曲した円弧状体に形成しようが、あらかじめ直線状に形成しようが、装着された状態では同一形状(下方に強く弯曲した形状)となり、補助バーの付勢力によってスラックス等の衣類を安定して保持するという同一の作用効果が得られるのである。

3  本件請求項2ないし請求項5に係る考案について

本件請求項1に係る考案は甲3ないし甲第5号証に記載された考案に基づき当業者が極めて容易に考案をすることができたものであり、本件請求項1に係る本件考案が引用例に記載された考案に対して進歩性を有することを前提とした審決の判断は、本件請求項2ないし請求項5に係る考案についての判断においても誤っている。

第4  審決取消事由に対する被告の反論

1  引用例記載の技術内容の認定の誤りについて

原告の主張は、効果に大差がないから構成に差がなく、困難性もない、という不自然な思考過程に基づく主張である。審決に原告主張の誤りはない。

2  本件考案の作用効果と引用例記載の作用効果との異同に関する認定、判断の誤りについて

(1)  本件考案と引用例記載の考案との作用効果について

弾性度や前記長さ関係等の設計条件を同一とし、形状の相違から奏される効果を純粋に比較した場合、本件考案には引用考案にない有利な効果がある。

具体的には、本件考案の補助バーがあらかじめ下方に弯曲した弧状体に形成されるがゆえに、強力な下向きの力である付勢力のみならず、補助バーを抑えていた手指を離すだけで元の形状である弧状体に戻り原位置へ自己復帰する復帰力、大きな外力を受けた場合であっても元の形状である弧状体を維持しようとするためスラックスが外れ落ちる可能性が小さいという安定性、という効果を奏するものである。引用例には、補助バー自体が下方に弯曲した形状になるとは開示も示唆も全くなされていない。

本件考案のようにあらかじめ下方に弯曲した弧状体に形成された補助バーを装着した場合、その組成(組織)により該補助バーは弓形を維持しようとするため、スラックス狭着時において外力が作用しても、横向きの力が生じて狭着力が緩むことはなく、スラックスが落下する可能性は小さく安定である、という顕著な作用効果を生ずるものであり、引用例に記載の考案と同一の作用効果が得られるということもない。

本件考案は、補助バー3が、掛止バー2より十分長くかつ下方に弯曲した弧状体に(ポリプロピレンの射出成形により金型で弯曲に成形されて)作られていて、常に掛止バー2に付勢的に当接するようにしてあるから、その構造上、<1>補助バー3には、常に下向きの付勢力が作用し、また、<2>補助バー3には、常に弧状体に復帰しようとする復帰力が作用し、さらに、<3>補助バー3には、掛止バー2に対する補助バー3の挟着力の安定性があり、これにより、外力を受けても掛止バー2との当接部が緩むことがなく、挟持されるスラックスが安定的に保持される。

一方、引用例に記載の考案は、水平体の押圧杆(8)を用い、押圧杆(8)を掛杆(5)に撓わせて接着させているから、押圧杆(8)は常に水平体の原形に復帰しようとするので、掛杆(5)との当接部が緩み易い。引用例に記載の考案においては、ズボン(12)等を吊す場合、第1図に鎖線で示す様に押圧杆(8)を上方に(手で持ち上げて)弯曲させれば、押圧杆(8)は掛杆(5)から離れて、掛杆(5)との間に間隙を作るから、この間隙にズボン(12)等を掛けた後、押圧杆(8)を下方に(手で押し下げて)弯曲させれば、ズボン(12)は掛杆(5)上へ押え付けられ、また押圧杆(8)を上方に(手で持ち上げて)弯曲させれば、ズボン(12)等を容易に離脱することができ(引用例3頁第4行目ないし11行目)、このように水平体の押圧杆(8)を手の操作で水平体より下方又は上方に撓わせて、ズボンの着脱操作を簡易に行える点に特徴があり、この作用効果は、本件考案のように、常に下方に挟着する力を作用させてスラックスの挟着力の安定性を求めたものとは全く異質のものである。

引用例に記載の考案では、押圧杆(8)を持ち上げた手を離しても、押圧杆(8)が上方に弯曲し掛杆(5)から離れた状態は維持されるが、間隙に挿入したズボン(12)を挟着する際には、改めて押圧杆(8)を手で押し下げて下方に弯曲させる必要がある。一方、本件考案では、補助バー3は常に下方に付勢されているので、補助バー3を手で押し上げていないと、補助バー3が掛止バー2から離れた状態が維持されないが、間隙に挿入したスラックスを挟着する際には、補助バー3を押し上げていた手を離すだけで、下方に弯曲した形状に復帰するので、改めて補助バー3を手で押し下げる必要がない。

引用例には、補助バー自体が下方に弯曲した形状になるとは開示も示唆も全くなされていない。本件考案のようにあらかじめ下方に弯曲した弧状体に形成された補助バーを装着した場合、その組成(組織)により該補助バーは弓形を維持しようとするため、スラックス狭着時において外力が作用しても、横向きの力が生じて狭着力が緩むことはなく、スラックスが落下する可能性は小さく安定である、という顕著な作用効果を生ずるものであり、引用例に記載の考案と同一の作用効果が得られるということもない。

(2)  比較テストについて

原告は、シンコバネロックハンガー(検甲第3号証の1ないし3。原告製品)と百貨店統一ハンガー(検甲第4号証の1ないし3。被告製品)との比較テストの結果(甲第8号証及び甲第9号証)を示し、前者は後者よりも挟着力が高く、また前者は後者よりもバネ圧が強いので、審決の判断は違法である、と主張している。しかるに原告の上記主張には全く論拠がない。

すなわち、審決は本件考案と引用例に記載の考案とを比較して判断されたものであり、被告製品と原告製品とを比較して判断されたものではない。

3  本件請求項2ないし請求項5に係る考案について

本件考案が進歩性を有することは審決認定のとおりであり、本件考案2ないし5が本件考案の構成を前提としてその構成の一部である補助バーの構成を更に限定したものである旨も明らかである。

第5  当裁判所の判断

1  甲第2号証(本件考案の登録実用新案公報)によれば、本件考案の明細書に考案の詳細な説明として、次の記載があることが認められる(なお、別紙本件考案図面参照)。

「【0001】

【考案の属する技術分野】

本考案は、衣服ハンガーに関し、特に、スラックス等衣類を掛けてずり動かないように固定する機能を備えた衣服ハンガーに関する。

【0002】

【従来の技術】

スラックスを懸吊するための掛止バーを一体に備え、この掛止バーに懸吊したスラックスを型崩れしないように挟持的に支えるために、この掛止バーに対して平行な補助バーを設けたハンガーは周知である。例えば、図7に示す掛止バー付きハンガーBは上衣等を掛けるハンガー本体部20にスラックス等衣類を懸吊する掛止バー21を取り付けてある。掛止バー21には直線状の細幅の補助バー22をその両端に形成した長孔23を両側の垂直腕部21aに遊嵌して掛止バー21と平行に自由に上下できるようにすると共に、掛止バー21は垂直腕部21aの上端に形成した係合フック部21bを前記ハンガー本体部20の両端部内側に形設した係合孔24に係合させることによってハンガー本体部20に取り付けてある。

【0003】

即ち、この掛止バー付きハンガーBにおいては、掛止バー21に例えばスラックスを掛けると補助バー22と共にスラックスを挟む形に押さえ、スラックスは掛止バー21と補助バー22との摩擦により係止した状態に支持される。

【0004】

【考案が解決しようとする課題】

しかしながら、上記の補助バー付き掛止バーBは、例えばスラックスを掛ける時、しわができないようにスラックスを裾部部分で保持することはできず、また、スラックスの掛け方に偏りがあった場合にはずり落ちようとするスラックスを抑える力に不足している等の不便さがあった、

【0005】

従って、本考案は、スラックスを掛ける際に、スラックスを掛けた時に多少の偏りがあっても、スラックスがずり下がりまたはずり落ちる等の心配がなく、スラックス等を裾部で懸吊することも可能なハンガー用の掛止バーの提供を目的する。

(中略)

【0016】

【考案の効果】

以上の説明から明らかなように、本考案によれば、下方に弯曲した弾性力のあるポリプロピレンによる補助バーの両端を掛止バーの垂直腕部に係合的に取付け、その付勢力でスラックス等衣類を挟持させるようにしたので、スラックス等衣類を、その懸吊の態様の如何に拘わらず、安定して保持でき、特に、補助バーの当接部の上面に薄肉化及び軽量化を可能とする模様を付すことにより、ハンガーのデザイン性を高めると共に、補助バーの可撓性を高め、補助バーの撓み操作即ち手指操作が容易で、また、当接部の長さを長くすることができ、スラックス等衣類の安定保持性が向上するという効果を奏する。

【0017】

前記当接部の模様を有底溝状の模様とし、また、貫通孔による模様とし、あるいはまた、これらの模様を混用的に利用したものとすることにより、市場の需要に対応した形状の掛止バーを提供できるという効果を奏することができる。

補助バーの断面形状を弯曲状とすることにより、さらに、薄肉化による強度を補償すると共に可撓性を向上できるという効果を奏する。」

2  一方、甲第3号証によれば、引用例には、審決が認定したとおり、「山形に形成した上衣掛(1)の下部にズボン掛杆(5)の両端に設けた吊体(6)の先端を支持させると共に該吊体(6)にズボン掛杆(5)の上面を押圧する弓形の押圧杆(8)の両端を係合させてなるハンガー」(登録請求の範囲)が第1、第2図とともに記載されていることが認められる(別紙引用例図面参照)。

また、押圧杆(8)については、「プラスチック製等の弾性押圧杆で、両端に設けた切欠又は透孔(10)の間を掛杆(5)よりも長くすることにより切欠又は透孔(10)により吊体(6)の間へ装着するときは弓形に上方か又は下方に彎曲し、下方へ曲ったときは掛杆(5)上へズボン等を強圧させる様にしてある。」(甲第3号証2頁6行ないし12行)、「掛杆(5)の上方に吊体の間に弓形に曲げて装着し、且その中間でズボン掛杆(5)を強圧させる押圧杆(8)を設けたものであるから、之にズボン(12)等を吊す場合第一図に鎖線で示す様に押圧杆(8)を上方に彎曲させれば押圧杆(8)は掛杆(5)から離れて掛杆(5)との間に間隙を作るからこの間隙にズボン(12)等を掛けた後、押圧杆(8)を下方に彎曲させればズボン(12)は掛杆(5)上へ押え付けられ、又押圧杆(8)を上方に彎曲させればズボン(12)等を容易に離脱することが出来るものである」(同3頁2行ないし11行)と記載されていることが認められる。

3  引用例に記載の考案を本件の請求項1に係る考案と対比すると、引用例記載のハンガーにおける上衣掛(1)、ズボン掛杆(5)、押圧杆(8)が、本件考案のハンガー本体部、掛止バー、補助バーに相当するものであって、基本構成において両者は軌を一にするものであることは審決が認定したとおりである。

そこで、「引用例記載の考案の押圧杆(8)は、あらかじめ弯曲したものではないから、本件考案の、『掛止バーより十分長く且つ下方に弯曲した弧状体につくられ』た補助バーとは、この点において構成上相違するものと認められる。」旨の審決の認定の当否について判断する。

甲第3号証によれば、引用例には、前記認定のとおり、押圧杆(8)について「弓形の押圧杆(8)」(登録請求の範囲)という記載や「掛杆(5)」の上方に吊体の間へ弓形に曲げて装着し」という記載があるものの、掛杆(5)に装着する前の弾性押圧杆(8)に関しては、直線状であるか又はあらかじめ上又は下に弯曲しておく形状なのかについての明確な言及はないことが認められる。

しかしながら、甲第7号証及び検甲第2号証によれば、補助バーを、ポリプロピレンで代表されるハンガー用プラスチック材料で形成し、あらかじめ補助バーを直線状に形成しておいた場合、補助バーを下方に弯曲させて掛止バーに装着することで補助バーは塑性変形し、補助バーを掛止バーから取り外すと、補助バーは直線状に戻らず、下方に緩く弯曲した弧状体となるものと認めることができる。そして、引用例に記載された押圧杆もプラスチック製等の弾性押圧杆に含まれるから、引用例に記載の考案の押圧杆が仮に最初は直線状のものであっても、掛止バーに装着後は同様の塑性変形を起こすものと認められる。

したがって、掛止バーと補助バーが組み立てられた物品に係る本件考案を、引用例に記載された考案と比較すると、補助バーが仮にあらかじめ直線状体に作られていても、あらかじめ下方に弯曲した弧状体に作られていても、組み立てられた物品において下方に弯曲して掛止バーに当接していることにおいて、両者に差はないものということができる。

4  作用効果の異同に関して判断する。

(1)  甲第8ないし第11号証、検甲第3、第4号証の各1ないし3によれば、<1>ハンガーにスラックスを取り付け引張試験を行いスラックスが150mmずり落ちるときの最大荷重(kgf)を求めた耐荷重性試験において、補助バーがあらかじめ直線状体に作られているハンガー(原告製のシンコバネロックハンガー)3本の平均値は2.7kgfであり、他方本件考案の「掛止バーより十分長く且つ下方に弯曲した弧状体につくられ」との構成を採用しているハンガー(百貨店統一ハンガー)3本の平均値が1.7kgfであり、前者の方が後者よりもずり落ちにくい結果が得られたこと、<2>ハンガーのバネの加圧強さをバネが開くときの最大荷重(kgf)で測定した耐荷重性試験において、前者のハンガー3本の平均値は1.0kgfであり、後者のハンガー3本の平均値が0.5kgfであり、前者の方が後者よりも強い加圧力を有する結果が得られたことが認められる。

したがって、補助バーが直線状のハンガーの方が、補助バーをあらかじめ下方に弯曲形成しておくハンガーよりも、下向きの付勢力が強いものということができる。

(2)  被告は、本件考案は、その構造上補助バー3には、<1>常に下向きの付勢力が作用し、<2>常に弧状体に復帰しようとする復帰力が作用し、<3>掛止バー2に対する補助バー3の挟着力の安定性があり、これにより、外力を受けても掛止バー2との当接部が緩むことがなく、挟持されるスラックスが安定的に保持されるのに対し、引用例に記載の考案は、水平体の押圧杆(8)を用い、押圧杆(8)を掛杆(5)に撓わせて接着させているから、押圧杆(8)は常に水平体の原形に復帰しようとするので、掛杆(5)との当接部が緩み易い、と主張する。

しかしながら、本件考案においても補助バーは掛止バーより十分長くつくられている以上、補助バーは原形に復帰しようとするものと認められ、どの程度弯曲しているかの限定もないから、当接部が緩むことについて、引用例に記載の考案との間に格別差があるとは認められない。

被告は、引用例記載の考案では、押圧杆(8)を持ち上げた手を離しても、押圧杆(8)が上方に弯曲し掛杆(5)から離れた状態は維持されるが、間隙に挿入したズボン(12)を挟着する際には、改めて押圧杆(8)を手で押し下げて下方に弯曲させる必要があるのに対し、本件考案では、補助バーは常に下方に付勢されているので、補助バーを手で押し上げていないと、補助バーが掛止バーから離れた状態が維持されないが、間隙に挿入したスラックスを挟着する際には、補助バーを押し上げていた手を離すだけで、下方に弯曲した形状に復帰するので、改めて補助バーを手で押し下げる必要がない、と主張する。

なるほど、本件考案では、スラックス等を掛ける際に補助バーを手で押し上げ続けていなければならない一方、掛止バーとの間隙に挿入したスラックス等を挟着する際には補助バーを押し上げていた手を離すだけでよいということができる。しかしながら、引用例記載の考案でも、押圧杆(8)の持ち上げ量が少なければ押圧杆が上方に反転弯曲しない構造と認められるから、その本来の使用形態にかかわらず、本件考案と同様の使用形態も実行可能であり、その間に特段の差異があるということはできない。

(3)  なお、引用例に記載の考案における押圧杆は、仮に最初直線状であっても同様の塑性変形を起こすものと解されることは前示のとおりである。そして、本件考案では弯曲の程度について限定されていないから、塑性変形によって弯曲した補助バーと比較して格別の作用効果が得られると認めることはできない。したがって、「審決甲第1号証には、補助バー自体が下方に弯曲した形状になることは何ら記載されておらず、同一の作用効果が得られるということもできない。」との審決の認定、判断は誤りである。

5  以上のとおりであって、引用例に記載の考案が請求項1の本件考案の「掛止バーより十分長く且つ下方に弯曲した弧状体につくられ」た補助バーの構成を有しないとしても、その構成を採択することは引用例に記載の考案から当業者が極めて容易になし得るものにすぎないというべきである。

したがって、この相違点についてした審決の認定、判断は誤りであり、この誤りは本件考案の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすものであることが明らかであるから、審決は取消しを免れない。

第6  結論

よって、原告の請求を認容すべく、主文のとおり判決する。

(平成11年9月16日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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